NEWS & Blog

鍼灸室の中川です。

現在の竹谷内医院(及び東京日本橋鍼灸治療室)の住所は中央区日本橋ですが、数年前までは八重洲にありました。

 

私が入職する前の話ですが、まだ京橋駅の近くの八重洲にあった頃の竹谷内医院の前の道をよく利用していたので、医院の看板をよく目にしていたものでした。

 

さて、「八重洲」という地名ですが、その名前の由来は、徳川家康の通訳といて活躍したオランダ出身の航海士、ヤン・ヨーステン・ファン・ローデンステイン(1556~1623)の屋敷があったことから、彼の名前にちなんで命名されたそうです。

現在では、東京駅の皇居側(西側)を「丸の内」、東京駅の日本橋川(東側)を「八重洲」と呼びますが、ヤン・ヨーステンの屋敷は、江戸城の内堀沿いにあったそうなので、正確には現在の丸の内エリアが本来の八重洲なのだそうですね。

昭和の初期頃は、まだ駅の日本橋側(東側)に「八重洲橋」という橋が架かっていたらしく、東京駅の皇居側(西側)は「八重洲町口」、東京駅の日本橋側(東側)を「八重洲橋口」と呼んでいたそうです。

ちなみに、現在ヤン・ヨーステンの記念碑は現在の日本橋三丁目交差点にあります。竹谷内医院からもほど近い場所です。八重洲通りの中央分離帯にあるので、是非ご来院のついでに確認してみて下さい。